継続性のある天才作曲家が成熟する年齢のピーク等を調べてみた。植松伸夫、久石譲、中田ヤスタカ、小室哲哉、桜井和寿

画像提供:ぱくたそ

作曲家が成熟するのは30代前半なのではないかとずっと思っている節があって、気になったので調べてみた。

ちなみに作曲家の成熟ピークは数学者のピークとも似通っている気がする。
数学界のノーベル賞とも言われるフィールズ賞(数学にノーベル賞はない)は、40歳の年齢制限がある。ただこれは、フィールズ賞がそもそも若い数学者のすぐれた業績・研究を励ます目的で作られた賞だからだそうだ。

・植松伸夫
まずはゲーム音楽という土俵から優れた実績を生み出してきた植松伸夫さん。
彼はファイナルファンタジーシリーズの1から9まで、ほぼすべての楽曲を手がけた。
彼の真骨頂はなんといっても高揚感のある戦闘曲や、幅広いジャンルを書ける引き出しの多さ、そしてゲーム音楽にとどまらず音楽の枠組みを超えた既成概念にとらわれない曲作りだ。
彼はゲーム音楽を芸術の高みに上げた。
それは、ゲーム音楽にオーケストラを導入する等の発想ではなく、楽曲の構成・音作りであったり、ゲーム機そのものを楽器として高いクオリティで使用したことによるものだ。

ファイナルファンタジー4~6までの楽曲は「SFCでここまでするのか」と思えるほどの細かい作り込みである。
例えばファイナルファンタジー6ではソフトのパッケージの裏に「大容量24メガ」と書かれている。(これは24メガビットのことで、バイト換算すると3MBらしい。)
たったそれしかないソフトの制約の中でゲームの登場人物のひとりにアリアを歌わせた。
また、名曲の呼び声の高い「仲間を求めて」ではスーパーファミコン音源でフレットレスベースを再現している。「決戦」ではよく聴くとサビ前に右側でエレキギターが音を鳴らしている(!)。
彼の音楽を突き詰めていくと、テクノロジー(ゲーム機の性能限界)との闘いを楽しんでいたようにも感じる。制約の中で生まれた究極美といってもいいだろう。

おっと、天才作曲家が成熟するピーク年齢の話だった。

植松伸夫さんの場合は、
1987年12月18日にFinal Fantasy発売(28歳)
1988年12月17日にFinal Fantasy 2発売(29歳)
1990年4月27日にFinal Fantasy 3発売(31歳)
1991年7月19日にFinal Fantasy 4が発売(32歳)
1992年12月6日にFinal Fantasy 5が発売(33歳)
FF6が発売された1994年4月2日時点で35歳だったことになる。

そしてFF7が発売された1997年1月に3月の誕生日目前の37歳だった。
1986年に株式会社スクウェア(現スクウェア・エニックス)入社で活動しているので(それ以前にも作曲はしていただろうが)、Final Fantasyシリーズでの活動からおよそ8年~10年、おそらく日々曲作りをしていただろう中での成熟である。

僕の予想は良い意味で覆された。


・久石譲
では久石譲の場合はどうだろうか。

久石譲(アーティスト名なので呼び名そのままを用いる)は、ジブリのほとんどの音楽を手がけた作曲家だ。もうご存知の方も多そうなので年齢だけに焦点を当てる。

ジブリ一作目「風の谷のナウシカ」が発表されたのが1984年3月で、久石譲の誕生日が1950年12月なので、その時点で33歳だったことになる。
「もののけ姫」が1997年7月公開なので、その時点で46歳だ。
そして「千と千尋の神隠し」2001年7月公開、この時点で50歳。

恐るべきスタミナである。他の追随を許さない。
彼の場合はピークという言葉は当てはまらないかもしれない。

 

久石譲が音楽の方向性を決めたのが30代だったということがここから見えてくる。

久石譲:『ひたすら会って議論をすることが、で、相手の論理を論破することが生き甲斐になってくるみたいな…。頭でっかちの世界なんていうのが…で、凄く嫌になっちゃったんですよ。つまりそのあと自分がどうしたかというと、これからはもうポップスのフィールドに移る。街中の音楽家になる。もう作品書くんじゃない、人に聴いて貰ってナンボの音楽を書いていくって決めた、のが30くらい。』
引用元:情熱大陸「久石譲」

しかし、元来が現代音楽、ミニマル・ミュージックの作曲家だったため、作品は芸術そのものだ。

久石譲:『音楽って凄く苦しいから、僕にとっては。楽しみじゃないから。そうするともう苦行のように音楽を作って…。そうすると音楽はもう趣味じゃないから、音楽によって救われるかどうかっていうのは無いわけですよね』
引用元:情熱大陸「久石譲」

以下、仕事部屋に篭って、15時間で2曲を書き終えた後。
音楽への向き合い方や継続力の秘訣のようなものが浮かび上がってくる。

結局ね、あの…こう、必ずねこう臨界点てある訳よ。こう臨界点みたいなのがあって。下からこう、曲を成立させようと思って一所懸命のぼっていく訳ですよ。ね?
で、あるその限界みたいなのを超えちゃう瞬間があるんですよ。と、これを超えちゃうと、初めてそこから上は本当の音楽が成立する…感じなのね。で、それは…なんつったら良いんだろうな…。
その上はホンマもん…本当の音楽なんですよ。

で、それは日常の自分では出来ないんですよね。で、こういう、苦行のような…、あの(笑)、なんかもう千日回峰のような事をやってくときにポンと突き抜けたときに間違いなく全部音がクリアに見えて。で、そういうときに作った音楽って間違いなく傑作なんですよ、いつも。で、その瞬間って分かる訳です。やってる最中に。で、今自分がいってないとかね。この曲はいってないとかってのがあると、もうこれどうしようもないわけよ、悔しくて。そうすると絶対それを超えなきゃマズい訳だよね。自分にとっては。」
引用元:情熱大陸「久石譲」

「日常の自分では出来ない」と言い切っている。
しかし、彼はパフォーマンスを最大限に出せる方法を確立しているのだ。
作曲家にとっては、気分に左右されずにアウトプットし続けることは難題と言える。
彼が自分のパフォーマンスを引き出す方法を確立しているということは、非常に強い武器だ。

そして僕が最も注目すべき点は、彼が紙とペンで譜面を書いて作業をしていることだ。

その一方で、久石譲は、当時の先進的な機材をいち早く活用していた。
現代のDAW作曲のような「フェアライトCMI」を映画「風の谷のナウシカ」の制作中に使い始め、打ち込み型のスタジオワークを導入していたのである。

では、久石譲は本当に音楽で救われていないのだろうか?

久石譲:『書いた音楽で自分の心がすごく動く瞬間があるんですよ、聴いて。うゎ、良い!ねぇねぇ、これ良いよ、絶対良いよこれ!って。だからそういう風になるとこまで行く…ことしか考えてないよね。』
引用元:情熱大陸「久石譲」


・中田ヤスタカ
中田ヤスタカ(1980年2月6日生)の場合はどうか。

現役バリバリのアーティスト・プロデューサーである。
1997年から活動していたcapsuleが2001年にメジャーデビュー。2001年3月に発売したシングル「さくら」の時点で21歳である。

そしてその後もcapsule名義で活動を続けるが、Perfumeのプロデュースを2008年4月発売の「GAME」から開始する。この時のインパクトが凄かった。
・ダブル・プラチナ(日本レコード協会)
・第50回日本レコード大賞 優秀アルバム賞
を獲得している。この時点で28歳。

きゃりーぱみゅぱみゅをプロデュース、「PONPONPON」の販売が2011年7月開始、この時点で31歳。翌年2012年10月に「ファッションモンスター」を発表して32歳。

今年、2016年4月にPerfume「COSMIC EXPLORER」を発売。
現在、36歳である。
彼はサウンドイメージが強めだが、歌詞も全部書いていることにも注目したい。


・小室哲哉
出生は1958年11月27日。

彼は作品が多いため、厳選する。

1984年4月 TM NETWORK、EPIC・ソニーよりデビュー(25歳)
1986年1月 渡辺美里「My Revolution」(作曲のみ。編曲は大村雅朗)発売。(27歳)
1987年4月 TM NETWORK「Get Wild」発売(28歳)
1994年7月 篠原涼子「恋しさと せつなさと 心強さと」発売(35歳)
1995年3月 WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント(編曲は久保こーじ との共同)発売。(36歳)
1996年3月 華原朋美「I’m proud」発売。(37歳)
1996年3月 globeの1stアルバム「globe」発売。全作曲・編曲は小室哲哉。(37歳)

小室哲哉は1998年頃を境に、次の2000年代の象徴となるアーティスト(MISIA、Dragon Ash、宇多田ヒカルなど)に押されて失速していった感がある。


・桜井和寿
言わずと知れたMr.Childrenの、ボーカル・ギター・作詞作曲をこなす重要人物である。

彼の出生は1970年3月8日。作品が多数あるので厳選する。

1992年5月 1stアルバム『EVERYTHING』でメジャーデビュー。(22歳)
1994年9月 4thアルバム『Atomic Heart』を発売(24歳)
1996年6月 5thアルバム『深海』発売。(26歳)
1999年2月 7thアルバム『DISCOVERY』発売(28歳)
2002年5月 10thアルバム『IT’S A WONDERFUL WORLD』発売。(32歳)
2004年4月 11thアルバム『シフクノオト』発売。(34歳)
2010年12月16thアルバム『SENSE』発売。(40歳)
2015年6月18thアルバム『REFLECTION』発売。(45歳)

驚異的な継続力とスタミナである。
Aメロ、Bメロ、サビの世界で22歳から46歳の現在まで24年間、先頭を走ってきているのである。
クラシックのソナタ形式のように、
『イントロ-Aメロ-Bメロ-サビ-(繰り返し)- Cメロ-大サビ』の形式をJ-POPに定着させたのはMr.Childrenの影響だと言っても言い過ぎではないだろう。


以上、意外に調べてみてみると作曲家の成熟度合いは人それぞれであることが分かる。
それでも、20代、30代の爆発力はあるのだな、と感じた。
クラシックの作曲家にもこれを当てはめて考えてみたいと思った。

シンガーソングライターとインスト作曲家を同じ土俵に上げて比較するのも本来はおかしいかもしれないが、案外見てみると面白い。小室哲哉のように時代に翻弄されてしまうもの、翻弄されずにいられるものなど、ある意味才能や努力以外の面での音楽の怖さも浮かび上がってくる。
(それを含めて才能、という人もいるかもしれないが。)

初稿で、情報に不備もある可能性もあるので、逐次更新しようと思います。

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